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青空文庫 Aozora Bunko
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青空文庫の新規公開作品一覧表です。随時更新。 更新日時: 2007-10-16T02:54:56+09:00 新着: 1
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2007-10-16T02:54:52+09:00
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[新着] 豊島 与志雄: 幻の彼方
豊島 与志雄
tatsuki
小林繁雄門田裕志
公開: 2007-10-16 著者: 豊島 与志雄 入力: tatsuki 校正: 小林繁雄門田裕志
一
岡部順造は、喧嘩の余波で初めて秋子の姙娠を知った。
いつもの通り、何でもないことだったが、冗談半分に云い争ってるうちに、やたらに小憎らしくなってきて、拳固と肱とで秋子をこづき廻した揚句、ぷいと表へ飛び出してみたけれど、初夏の爽かな宵の空気に頭が落着くと、先刻からのことが馬鹿々々しくなり、秋子が可愛くなって、また家に帰ってきた。顔を膨らして長火鉢にしがみついてる彼女へ、変にむず痒いような心地で云いかけた。
「何をしてるんだい。」
「知りませんよ。」
つんと澄ました声だったが、もう刺を※含んではいなかった。
順造は安心して火鉢の前に坐った。あたらずさわらずのことを二三言云った。秋子がなお言葉の上だけで対抗してくるので、僕が悪かったよとも云った、だから謝ってるじゃないかとも云った。
「可愛さの余りについ手荒なこともするんだよ。」
冗談だか真面目だか自分でも分らないその定り文句で、彼は一切の片をつけ...
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2007-10-15T02:54:13+09:00
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福沢 諭吉: 慶応義塾新議
福沢 諭吉
田中哲郎
noriko saito
公開: 2007-10-15 著者: 福沢 諭吉 入力: 田中哲郎 校正: noriko saito
去年の春、我が慶応義塾を開きしに、有志の輩、四方より集り、数月を出でずして、塾舎百余人の定員すでに満ちて、今年初夏のころよりは、通いに来学せんとする人までも、講堂の狭きゆえをもって断りおれり。よってこのたびはまた、社中申合わせ、汐留奥平侯の屋鋪うちにあきたる長屋を借用し、かりに義塾出張の講堂となし、生徒の人員を限らず、教授の行届くだけ、つとめて初学の人を導かんとするに決せり。日本国中の人、商工農士の差別なく、洋学に志あらん者は来り学ぶべし。
一、入社の式は金三両を払うべし。
一、受教の費は毎月金二分ずつ払うべし。
一、盆と暮と金千匹ずつ納むべし。
ただし金を納むるに、水引のしを用ゆべからず。
一、このたび出張の講堂は、講書教授の場所のみにて、眠食の部屋なし。遠国より来る人は、近所へ旅宿すべし。ずいぶん手軽に滞留すべき宿もあるべし。
一、社中に入らんとする者は、芝新銭座、慶応義塾へ来り、当番の...
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2007-10-15T02:54:13+09:00
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福沢 諭吉: 学校の説 (一名、慶応義塾学校の説)
福沢 諭吉
田中哲郎
noriko saito
公開: 2007-10-15 著者: 福沢 諭吉 入力: 田中哲郎 校正: noriko saito
一、世に為政の人物なきにあらず、ただ良政の下に立つべき良民乏しきのみ。為政の大趣意は、その国の風俗、人民の智愚にしたがい、その時に行わるべき最上の政を最上とするのみ。ゆえにこの国にしてこの政あり、かの国にしてかの政あり。国の貧弱は必ずしも政体のいたすところにあらず。その罪、多くは国民の不徳にあり。
一、政を美にせんとするには、まず人民の風俗を美にせざるべからず。風俗を美にせんとするには、人の智識聞見を博くし、心を脩め身を慎むの義を知らしめざるべからず。けだし我が輩の所見にて、開知・修身の道は、洋学によらざれば、他に求むべき方便を知らず。歴史を読みて、その実証を見るべし。世の士君子、もしこの順席を錯て、他に治国の法を求めなば、時日を経るにしたがい、意外の故障を生じ、不得止して悪政を施すの場合に迫り、民庶もまた不得止して廉恥を忘るるの風俗に陥り、上下ともに失望して、ついには一国の独立もできざ...
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2007-10-14T02:53:53+09:00
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折口 信夫: 古代生活に見えた恋愛
折口 信夫
門田裕志
仙酔ゑびす
公開: 2007-10-14 著者: 折口 信夫 入力: 門田裕志 校正: 仙酔ゑびす
一
今日伺ひまして、お話を聴かして頂かうと思ひました処が、かへつて私がお話をせなければならない事になりました。恋愛の話は、只今の私には、最不似合な話であります。併し、歴史的な話でもといふので、何かさせていたゞきます。
此恋愛といふものは、段々進化して、知識的になつて来て居りまして、大分、そこに遊びが這入つて来て居る。或は、知識的に誤解が這入つて来て居る。若い時分の経験を顧みますと、男と女とで気持が違ふ、感じが違ふといふ事を、良く聞かされて居りますが、恋愛では殊にそれが多い様であります。吾々の気持から考へて見ますと、どうも男と女とは別々の触覚を持つて居つて、別々に違つた感じ方をして居るといふ事がありませう。誤解どうも恋愛の感じ方といふものが男と女と違つたものがあるやうに存じます。其出発点から、知識的の遊びが入り込んで来て居るのだらうと思ひますが、さういふ知識的の遊びを知らない時代の、日本人...
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2007-10-14T02:53:53+09:00
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折口 信夫: 古代民謡の研究 その外輪に沿うて
折口 信夫
門田裕志
仙酔ゑびす
公開: 2007-10-14 著者: 折口 信夫 入力: 門田裕志 校正: 仙酔ゑびす
一
おもしろき野をば 勿焼きそ。旧草に 新草まじり 生ひば生ふるかに(万葉集巻十四)
此歌は、訣つた事にして来てゐるが、よく考へれば、訣らない。第一、どの点に、民謡としての興味を繋ぐことが出来たのか。其が見当もつかない。「ふる草に新草まじり」といふ句は、喜ばれさうだが、昔の人にもさうであつたらうか。上田秋成などは「高円の野べ見に来れば、ふる草に新草まじり、鶯の鳴く」と借用してゐる。だが、かうした興味からだけで、もと謡はれたものとは言ひにくい。或はそこに暗喩を感じる事が出来たのかとも思ふが、此歌全体の大体の意義さへよく説かれてゐないのは、事実である。
生ひば生ふるかに
まづ「おもしろき此野をば、な焼きそ。去年のふる草に、新草のまじりて、生ひなば生ふるに任せよ」と言ふ風に、大体考へられる様だ。だが、考へると、「生ひば生ふるかに」と言ふ文法は、普通の奈良朝の用語例ならば、後世の表現法...
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2007-10-13T02:54:05+09:00
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宮本 百合子: 「鎌と鎚」工場の文学研究会
宮本 百合子
柴田卓治
土屋隆
公開: 2007-10-13 著者: 宮本 百合子 入力: 柴田卓治 校正: 土屋隆
自分に与えられたほんとの課題は、ソヴェト生産拡張五箇年計画と芸術との関係について、ちょっと簡単に書いて貰えますまいか、というのだった。
ところが、自分はそのことについて、この頃『ナップ』へ毎号つづけて書いている。また、近く内外社から出る綜合プロレタリア芸術講座の中にも、本気で、書いた。
この問題は、同時に、そうちょいと簡単に、ナンセンスでやっつけるわけには行かない代物なのだから、自分とすると、またまたここで、抑々ソヴェト生産拡張五箇年計画は、というところからやり直すのが、ひどい苦痛だ。
いろいろやって見たが、三度目に、またはじめてのときのようないい熱情でこのことは書けないのがわかった。
ソヴェトの五箇年計画は、どんなにソヴェト同盟内の社会生活を飛躍させたか、生産における社会主義的前進が、ソヴェトの一般芸術をどんな力で、強固なプロレタリア・リアリズムの大道へ据えつける結果となったか。それ等に...
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2007-10-13T02:54:05+09:00
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宮本 百合子: 共産党公判を傍聴して
宮本 百合子
柴田卓治
土屋隆
公開: 2007-10-13 著者: 宮本 百合子 入力: 柴田卓治 校正: 土屋隆
三月十五日は三・一五の記念日だから共産党の公判を傍聴に行こうとお友達○○○さんに誘われました。わたしはこれまで新聞で公判のことをときどき読んでいましたが、どうもよく本当の様子が分りませんでした。正直に云うとこわいもの見たさのような気もあって○○○さんと一緒に東京地方裁判所へ出かけました。
分りにくい建物の細い横のようなところから廊下をとおって、先ず公衆待合室というところへ行きました。外見は立派な役所に似ず薄暗いきたないところに床几が並んでいます。そこにもう二十人近い男女のひとが来ていましたが、初めてこういうところへ来て私が珍しく感じたことは、来ている人の多くが元気な眼つきをして互に挨拶したり話しをしたりして、ちっとも普通に裁判所と云うおっかないところに来ているようでもなくのびのびしていることでした。私は馴れないからショールを手にもって立っていたら○○○さんが「こっちで傍聴券貰いましょう」というの...
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2007-10-13T02:54:05+09:00
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宮本 百合子: 「奈良」に遊びて
宮本 百合子
柴田卓治
土屋隆
公開: 2007-10-13 著者: 宮本 百合子 入力: 柴田卓治 校正: 土屋隆
(一)
古代芸術の香高い所、そして美しい山水にかこまれた「奈良」という土地に対して、私はまあ、どれ位い憧憬の心を持っていた事でしょう。その望みが協って、此程、僅かな日数ではあったが、其処に滞在して、一種の渇望を満たすことが出来たのは、此上ない幸福でありました。
元来、旅行好きな私は、いま迄、随分色々な処を訪れて見ましたが大抵は失望しました。いつも私の想像したツマリ期待の方が勝ち過ぎた結果でありましょう。然し、壮麗な一種の歴史の錆をとどめている「奈良」だけは、この我儘な私を充分満足させて呉れました。
都の焦々した空気の中にあった私を、ほんとに、ゆったりと落ちつかせて呉れた「奈良」の天地、そこには、北国に於て見るあの寂寥の影が何処にも見出せませんでした。そして何処へ行っても、落ち付いた誇りの色いつまでも、何時までも忘れないというような過去の誇りの色を発見して、私は何ともいわれない懐しさを覚えまし...
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2007-10-12T02:54:35+09:00
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蒲 松齢: 小翠
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-10-12 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
王太常は越人であった。少年の時、昼、榻の上で寝ていると、空が不意に曇って暗くなり、人きな雷がにわかに鳴りだした。一疋の猫のようで猫よりはすこし大きな獣が入って来て、榻の下に隠れるように入って体を延べたり屈めたりして離れなかった。
暫くたって雷雨がやんだ。榻の下にいた獣はすぐ出ていったが、出ていく時に好く見るとどうしても猫でないから、そこでふと怖くなって、次の室にいる兄を呼んだ。兄はそれを聞いて喜んでいった。
「弟はきっと、ひどく貴い者になるだろう。これは狐が来て、雷霆の劫を避けていたのだ。」
後、果して少年で進士になり、県令から侍御になった。その王は元豊という子供を生んだが、ひどい馬鹿で、十六になっても男女の道を知らなかった。そこで郷党では王と縁組する者がなかった。王はそれを憂えていた。ちょうどその時、一人の女が少女を伴れて王の家へ来て、その少女を元豊の夫人にしてくれといった。王夫妻はその...
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2007-10-12T02:54:35+09:00
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蒲 松齢: 偸桃
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-10-12 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
少年の時郡へいったが、ちょうど立春の節であった。昔からの習慣によるとその立春の前日には、同種類の商買をしている者が山車をこしらえ、笛をふき鼓をならして、郡の役所へいった。それを演春というのであった。
私も友人についてそれを見物していた。その日は外へ出て遊んでいる人が人垣を作っていた。堂の上には四人の官人に扮した者がいたが、皆赤い着物を着て東西に向きあって坐っていた。私は小さかったからそれが何の官であったということは解らなかった。たださわがしい人声と笛や鼓の音が耳に一ぱいになっていたのを覚えている。
その時一人の男が髪を垂らした子供を伴れて出て来て、官人の方に向って何かいうようなふりであったが、さわがしいので何をいっているのか聞くことができなかった。と、見ると山車の上に笑い声をする者があった。それは青い着物を着た下役人であった。下役人は大声で彼の男に向って芝居をせよといいつけた。彼の男は何...
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2007-10-11T02:54:11+09:00
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芥川 竜之介: 侏儒の言葉
芥川 竜之介
五十嵐仁
林幸雄
公開: 2007-10-11 著者: 芥川 竜之介 入力: 五十嵐仁 校正: 林幸雄
星
太陽の下に新しきことなしとは古人の道破した言葉である。しかし新しいことのないのは独り太陽の下ばかりではない。
天文学者の説によれば、ヘラクレス星群を発した光は我我の地球へ達するのに三万六千年を要するさうである。が、ヘラクレス星群と雖も、永久に輝いてゐることは出来ない。何時か一度は冷灰のやうに、美しい光を失つてしまふ。のみならず死は何処へ行つても常に生を孕んでゐる。光を失つたヘラクレス星群も無辺の天をさまよふ内に、都合の好い機会を得さへすれば、一団の星雲と変化するであらう。さうすれば又新しい星は続々と其処に生まれるのである。
宇宙の大に比べれば、太陽も一点の燐火に過ぎない。況や我我の地球をやである。しかし遠い宇宙の極、銀河のほとりに起つてゐることも、実はこの泥団の上に起つてゐることと変りはない。生死は運動の方則のもとに、絶えず循環してゐるのである。
さう云ふことを考へると、天上に散在する...
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2007-10-10T02:53:51+09:00
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幸田 露伴: 淡島寒月氏
幸田 露伴
土倉明彦
小林繁雄
公開: 2007-10-10 著者: 幸田 露伴 入力: 土倉明彦 校正: 小林繁雄
寒月氏は今年七十歳を以て二月廿三日に永逝した。本間久雄氏から、予の知るところの寒月氏を傳へて呉れと依頼を受けたので、ほんとにたゞ予の知れる限りの寒月氏予の知らぬ他の方面の寒月氏も定めし多いだらうが、それに就ての臆測や聞取りなぞを除いてを有りのまゝに思出づるまゝに記す。人の事をしるすに、當推量や嘘を交ぜて、よい加減に捏上げるのは、予の好かぬことである。だから以下にしるすことは、予自身の目賭した事か、さもなければ予が氏より直接に聞いたことである。
氏の極若い時は無論予は知らぬ。然し氏から聞いたところでは、氏は極若い時は當時の所謂文明開化の風の崇拜者で、今で云へば大のハイカラであつたのだ。何でも西洋風の事が好きであつたとの事だつた。氏の父の椿岳氏がまだ西洋樂器が碌に舶來せぬ頃、洋樂の曲を彈奏する日本人などの全然無かつた時に於て、ピアノだつたかオルガンだつたか何でも西洋音樂を殆んどイの一番に横濱...
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幸田 露伴: 淡島寒月のこと
幸田 露伴
土倉明彦
小林繁雄
公開: 2007-10-10 著者: 幸田 露伴 入力: 土倉明彦 校正: 小林繁雄
吾が友といつては少し不遜に當るかも知れないが、先づ友達といふことにして、淡島寒月といふ人は實に稀有な人であつた。やゝもすれば畸人の稱を與へたがる者もあるが、畸人でも何でもない、むしろ常識の圓滿に驚くばかり發達した人で、そして徹底的に世俗の眞實が何樣なものであるかといふことを知盡した人であつた。しかも多くの人は苦勞をしたり困難に出會つたり、痛い思や辛い目を見たりしてから、はじめて浮世の鹽辛さを悟るのであるが、別に人生の磨※(「龍/石」、第3水準1-89-17)に逢つたといふこともないらしい生活を經て來て、夙く然樣いふ境地に到り得てゐたのであつたのは、裏面の消息はもとより知らぬが、蓋し天稟の聰明さが然らしめたのであらう。
それで何人に對しても極めて平等に、また温和に、支那流にいつたら、いはゆる一團の和氣を以て人に接した人であつた。かりそめにも人を強ひたり人を壓したりするやうなことはその氣味さへ見せぬ人で...
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蒲 松齢: 蓮花公主
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-10-09 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
膠州の竇旭は幼な名を暁暉といっていた。ある日昼寝をしていると、一人の褐色の衣を着た男が榻の前に来たが、おずおずしてこっちを見たり後を見たりして、何かいいたいことでもあるようであった。竇は訊いた。
「何か御用ですか。」
褐衣の人はいった。
「殿様から御招待にあがりました。」
竇は訊いた。
「殿様とはどんな方です。」
褐衣の人はいった。
「すぐ近くにおられます。」
竇はそれについていった。褐衣の人はぐるりと路を変えて、牆をめぐらした家の旁を通って案内していった。楼閣の建ち並んでいる処があった。褐衣の人はそこを折れ曲っていった。そこにはたくさんの人家が軒を並べていたが、どうしてもこの世の中のものではなかった。そこにはまた宮廷に事えている官吏や女官などがたくさん往来していたが、皆、褐衣の人に向って訊いた。
「竇さんは見えましたか。」
褐衣の人は一いち頷いた。不意に一人の貴い官にいる人が出て来て、竇を迎え...
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蒲 松齢: 封三娘
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-10-09 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
范十一娘は※城※の祭酒の女であった。小さな時からきれいで、雅致のある姿をしていた。両親はそれをひどく可愛がって、結婚を申しこんで来る者があると、自分で選択さしたが、いつも可いというものがなかった。
ちょうど上元の日であった。水月寺の尼僧達が孟蘭盆会を行ったので、その日はそれに参詣する女が四方から集まって来た。十一娘も参詣してその席に列っていたが、一人の女が来て、たびたび自分の顔を見て何かいいたそうにするので、じっとその方に目をつけた。それは十六、七のすぐれてきれいな女であった。十一娘はその女が気に入ってうれしかったので、女の方を見つめた。女はかすかに笑って、
「あなたは范十一娘さんではありませんか。」
といった。十一娘は、
「はい。」
といって返事をした。すると女はいった。
「長いこと、あなたのお名前はうかがっておりましたが、ほんとに人のいったことは、虚じゃありませんでしたわ。」
十一娘は訊いた...
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2007-10-08T02:53:55+09:00
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折口 信夫: 叙景詩の発生
折口 信夫
門田裕志
仙酔ゑびす
公開: 2007-10-08 著者: 折口 信夫 入力: 門田裕志 校正: 仙酔ゑびす
一
私の此短い論文は、日本人の自然美観の発生から、ある固定を示す時期までを、とり扱ふのであるから、自然同行の諸前輩の文章の序説とも、概論ともなる順序である。其等大方の中には、全く私と考へ方を異にしてゐられる向きもあることは、書かない前から知れて居る。其だけ、此話は私に即して居る。私一人でまだ他人の異見を聴いてもない考へなのである。が、是非私の考へ方の様に、文学意識なり、民族精神の展開の順序なりを置き換へて貰はねば、訣らない部分が、古代は勿論、近代の自然美観のうへにも出て来ることゝ信じる。
国民性を論ずる人が、発生的の見地に立たない為、人の世はじまつてから直ぐに、今のまゝの国民性が出来あがつてゐた、と思はれて居る。江戸の犬儒や、鍛錬主義者の合理化を経た士道・武士道が、そつくり戦国どころか、源平頃の武家にも、其精神の内容として見ることが出来る、といふ風に思はれ勝ちである。もつと溯つて「額に矢...
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2007-10-07T02:54:54+09:00
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ハイド ダグラスケネディ パトリック: 二つの短い話
ハイド ダグラスケネディ パトリック
柴田卓治
土屋隆
宮本 百合子
公開: 2007-10-07 著者: ハイド ダグラスケネディ パトリック 入力: 柴田卓治 校正: 土屋隆 翻訳: 宮本 百合子
笛吹きとプカ
昔、ガルウェーのダンモーアと云う処に一人の半馬鹿がいました。彼はひどく音楽が好きでしたが、たった一つの節しか覚えることが出来ませんでした。その一つの節は「黒坊のいたずら小僧」と云うのでした。
村の人達は彼をからかって遊ぶのが好きでしたから、半馬鹿はよく皆から沢山のお金を貰いました。或る晩、この半馬鹿の笛吹きは舞踏のあった家から自分の家に帰ろうとしていました。彼は少し酒に酔っていました。そしてお母さんの家へ来る道の小さな橋の処まで来かかると、彼は笛をしめして「黒坊のいたずら小僧」を吹き始めました。すると、プカという魔物が彼の後に来ていきなり彼を自分の背中に背負い上げて仕舞いました。プカの頭には長い角が生えていました。驚いた笛吹きは確かり其角につかまり、さてプカに向って云いました。
「獣奴! 消えてなくなれ! 俺を家へ帰しておくれよ。私は阿母さんにやるお金を十片ポケットに持っている...
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2007-10-07T02:55:18+09:00
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宮本 百合子: いとこ同志
宮本 百合子
柴田卓治
土屋隆
公開: 2007-10-07 著者: 宮本 百合子 入力: 柴田卓治 校正: 土屋隆
今からもう二十一二年昔、築地の方に、Sと云う女学校がありました。その女学校の一年の組に、政子さんと芳子さんと云う生徒が居りました。私はこれから此の両人と、両人のお友達だった友子さんと云う人との間にあった事を皆さんに聞いて戴こうとするのです。
政子さんと芳子さんとは、従姉妹同志で、小学校の時分から、一緒の家に住んでいました。政子さんのお父様は立派な学者でしたが、体がお弱くて、早くお没なりになり、お母様も直ぐ死んでおしまいになったので、まだ小さい政子さんはたった一人ぼっちの可哀そうな子供になってしまいました。そこで、伯父様に当る芳子さんの御両親が、自分の子のようにして、育ててあげて来たのです。
政子さんは、何でも芳子さんと同じにして大きくなりました。同い年で小学校を卒業し、同い年で同じ学校に入り、両人は真個の仲よしで行く筈なのでした。
芳子さんは、政子さんが、自分よりは可哀そうな身の上であるの...
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蒲 松齢: 阿英
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-10-06 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
甘玉は幼な名を璧人といっていた。廬陵の人であった。両親が早く亡くなったので、五歳になる弟の※(「王+玉」、第3水準1-87-90)、幼な名を双璧というのを養うことになったが、生れつき友愛の情に厚いので、自分の子供のようにして世話をした。そして※(「王+玉」、第3水準1-87-90)がだんだん大きくなったところで、容貌が人にすぐれているうえに、慧で文章が上手であったから、玉はますますそれを可愛がった。そしていつもいった。
「弟は人にすぐれているから、良い細君がなくてはいけない。」
そして選択をしすぎるので、婚約がどうしても成立しなかった。その時玉は匡山の寺へいって勉強していた。ある夜初更のころ、枕に就いたところで、窓の外で女の声がした。そっと起きて覘いてみると、三、四人の女郎が地べたへ敷物を敷いて坐り、やはり三、四人の婢がその前に酒と肴をならべていた。女は皆すぐれて美しい容色をしていた。一人の女がいった。
「秦さん...
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蒲 松齢: 促織
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-10-06 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
明の宣宗の宣徳年間には、宮中で促織あわせの遊戯を盛んにやったので、毎年民間から献上さしたが、この促繊は故は西の方の国にはいないものであった。
華陰の令をしている者があって、それが上官に媚びようと思って一疋の促織を献上した。そこで、試みに闘わしてみると面白いので、いつも催促して献上さした。令はそこでそれをまた里正に催促して献上さした。市中の游侠児は佳い促織を獲ると篭に入れて飼い、値をせりあげて金をもうけた。邑宰はずるいので、促織の催促に名を仮って村の戸数に割りあてて金を取りたてた。で、一疋の促織を催促するたびに、三、四軒の家の財産がなくなった。
ある村に成という者があった。子供に学芸を教える役であったが、長いこと教わりに来る者がなかった。その成は生れつきまわりくどいかざりけのない男であったが、ずるい邑宰の申したてによって里正の役にあてられた。成は困っていろいろと工夫して、その役から逃れよう...
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2007-10-05T02:54:08+09:00
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相馬 泰三: 田舎医師の子
相馬 泰三
kompass
林幸雄
公開: 2007-10-05 著者: 相馬 泰三 入力: kompass 校正: 林幸雄
一
六年振りに、庸介が自分の郷里へ帰って来たのは七月上旬のことであった。
その日は、その頃のそうした昨日、一昨日と同じように別にこれという事もない日であった。夜の八時頃、彼は、暗く闇に包まれた父の家へ到着した。
彼は意気地なくおどおどしていた。玄関の戸は事実、彼によって非常に注意深く静かに開けられたのであったが、それは彼の耳にのみはあまりに乱暴な大きな音を立てた。「なあにこれは俺の父の家だ。俺の生れた家だ。……俺は今、久しぶりに自分のふるさとへ帰って来たのだ!」彼は、心の中でこう自分自身に力附けようとした。
誰もそこへ出て来る者がなかった。彼はそこに突立ったまま、何と言葉を発していいか、また、何としていいか自分に解からなかった。「来るのではなかった。やっぱりここは俺の来る所ではなかった。そうだ。……否、まったく何という馬鹿げた事だ。この家は俺の生れた家だ。……それ、その一間を距てた向うの襖の中には...
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2007-10-04T02:54:06+09:00
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蒲原 有明: 詩の将来について
蒲原 有明
広橋はやみ
川山隆
公開: 2007-10-04 著者: 蒲原 有明 入力: 広橋はやみ 校正: 川山隆
こゝに掲げた標題が私に課せられた難問である。私は答案に窮するより外はない。
近頃は社會萬般に亙つて何事も見透しがつきかねるといふ噂さである。詩も多分さうであらうことは、この出題によつても推測されるとほりに、私にも少しばかり思當りがないでもない。囘顧すれば自由詩が舊詩壇に取つて代つてから既に三十年にもなる。その上たとへ物々しい理論の矛を揮つたとはいへ、また多數の同士を率ゐたとはいへ、その登場はあまり安易に過ぎたのではなかつたらうか。今に及んで漸く行詰りが見られると言ふならば、それはむしろ自由詩のために長年月の幸運を逆によろこばねばならぬことであらう。
河童は水が頭の皿に充ちてゐる間は河童相應の能力を出し得るもので、その皿の水がこぼれてしまへば唯々非力をかこつのみであると言はれてゐる。實をいへば私もこの水をこぼされた河童同樣に自由詩時代の乾いた陸に放りあげられて懊惱したことは、これをこゝに告...
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蒲原 有明: ジヨオジ・ムウア
蒲原 有明
広橋はやみ
川山隆
公開: 2007-10-04 著者: 蒲原 有明 入力: 広橋はやみ 校正: 川山隆
わたくしはこのごろジヨオジ・ムウアの書いたものを讀んでゐる。それについての話を少しして見よう。別にムウアの書物が珍らしいといふのではない。今まであまり人の口にかゝらなかつたと云ふまでゝあるが、むかふでも多少評判になつてきてゐるやうである。なかなか變つたことを書いてゐる。そのまた文章が素敵におもしろい。ムウアはもう六十四五歳にもなるかとおもふ。
ムウアは美術の評論が得意で、文學のこともあげつらふ。隨筆も書けば小説も書く。わたくしはまだ小説の方は讀んでゐないが、評論はその文章と相待つて奇警なところがある。英國文壇に初めて自然主義を導入したのが、このムウアである。
ムウアは愛蘭土の産で、若い時から巴里に遊學して、暢氣に畫の修業などをやつてゐた。それに就て「若人の讖悔記」と題する本がある。この本を讀むとその時代の藝術界の空氣とその中に浸つてゐた彼の經歴とがよく判る。それが丁度ゾラが自然主義を唱へ...
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2007-10-04T02:54:06+09:00
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蒲原 有明: 緑蔭叢書創刊期
蒲原 有明
広橋はやみ
川山隆
公開: 2007-10-04 著者: 蒲原 有明 入力: 広橋はやみ 校正: 川山隆
藤村君のこれまでの文壇的生涯を時代わけにして、みんなが分擔して書きたいことを書きとめておくのもよい企である。わたくしには「若菜集」の出るやうになつた頃のことを書かぬかどうかといふ相談があつた。しかし藤村君とのつきあひは「夏草」出版直後からであるから、若菜集時代、即ち文學界末期頃とは全く無關係であつた。さういふわけから、それでは大久保時代をとの注文が出た。
さてその大久保時代を引うけて書くだんになると、その時期が短かかつただけに、格別これはといふ材料がない。その大久保時代にしても、ざつと今より二昔前のことである。ことに健忘なわたくしのことゆゑ記憶がかすんでゐる。止むをえず古い手筐をひきあけて調べてみたが、その時分のものでは葉書が二三枚出たまでゝあつた。五六年もつづいた小諸期のものならば長文の書簡がいくらでもある、その中には淺間の裾野で摘み取つて押し花にしたすずらんなどが、まださはやかに疊み...
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蒲 松齢: 翩翩
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-10-03 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
羅子浮は汾の人であった。両親が早く亡くなったので、八、九歳のころから叔父の大業の許へ身を寄せていた。大業は国子左廂の官にいたが、金があって子がなかったので、羅をほんとうの子供のようにして可愛がった。
羅は十四になって、良くない人に誘われて遊廓へ遊びにいくようになった。ちょうどその時金陵から来ている娼婦があって、それが郡の中に家を借りて住んでいた。羅はそれに惑溺して通っていたが、そのうちに娼婦は金陵へ返っていった。羅はそっと娼婦について逃げ出し、金陵へいって娼婦の家に半年ばかりもいたが、金がなくなったので、ひどく娼婦の女兄弟から冷遇せられるようになった。しかし、それでもまだ棄てられるほどではなかったが、間もなく瘡が出来て、それが潰れて牀席をよごしたので、とうとう逐い出された。
羅は困って乞食になった。市の人は羅の瘡が臭いので遠くからそれをさけた。羅は他郷でのたれ死をするのが、恐ろしいので、...
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蒲 松齢: 田七郎
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-10-03 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
武承休は遼陽の人であった。交際が好きでともに交際をしている者は皆知名の士であった。ある夜、夢に人が来ていった。
「おまえは交游天下に遍しというありさまだが、皆濫交だ。ただ一人患難を共にする人があるのに、かえって知らないのだ。」
武はそこで訊いた。
「それは何という人でしょうか。」
その人はいった。
「田七郎じゃないか。」
武は夢が醒めて不思議に思い、朝になって友人に逢って、田七郎という者はないかと訊いてみた。友人の一人に知っている者があって、それは東の村の猟師であるといった。武はうやうやしく田七郎の家へ逢いにいって、馬の鞭で門をうった。間もなく一人の若い男が出て来た。年は二十余りであった。目の鋭い腰の細い、あぶらぎった帽と着物を着て、黒い前垂をしていたが、その破れは所どころ白い布でつぎはぎしてあった。若い男は手を額のあたりで組みあわして、どこから来たかと訊いた。武は自分の姓を名乗って、そのう...
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2007-10-02T02:54:23+09:00
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宮本 百合子: 秋の反射
宮本 百合子
柴田卓治
土屋隆
公開: 2007-10-02 著者: 宮本 百合子 入力: 柴田卓治 校正: 土屋隆
一
田舎※では何処にでも、一つの村に一人は、馬鹿や村中の厄介で生きている独りものの年寄があるものだ。敷生村では十年ばかり前、善馬鹿という白痴がいた。女子供に面白がられたり可怖がられたりしていたが、池に溺れて或る冬死んだ。それ以来幸なことに白痴は一人も出なかった。尤も、気違いが一人いたが。三十五になる、村ではハイカラな女であった。彼女は東京に出て、墓地を埋めて建てた家を知らずに借りて住んだ。そこで二人目の子供を産んで半月立った或る夕方、茶の間に坐っていた女がいきなり亭主におこりつけた。
「いやな人! 何故其那に蓮の花なんぞ買いこんで来たんだよ、縁起がわるい!」
亭主は働きのない、蒼い輓い顔をした小男であった。
「俺そんなもの、買って来やしねえ」
「うそ! 壁まで蓮の花だらけだよ。この人ったら」
「買わねえよ何云ってるんだ」
「強情張るにも程がある。ほら、ほら! そんなにあるのに無いって私をだますのか...
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宮本 百合子: 或る日
宮本 百合子
柴田卓治
土屋隆
公開: 2007-10-02 著者: 宮本 百合子 入力: 柴田卓治 校正: 土屋隆
降誕祭の朝、彼は癇癪を起した。そして、家事の手伝に来ていた婆を帰して仕舞った。
彼は前週の水曜日から、病気であった。ひどい重患ではなかった。床を出て自由に歩き廻る訳には行かないが、さりとて臥きりに寝台に縛られていると何か落付かない焦燥が、衰弱しない脊髄の辺からじりじりと滲み出して来るような状態にあった。
手伝の婆に此と云う落度があったのではなかった。只、ふだんから彼女の声は余り鋭すぎた。そして、一度でよい返事を必ず三度繰返す不思議な癖を持っていた。
「れんや」
彼女に用を命じるだろう。
「一寸お薬をとりに行って来て頂戴」
「はい」
先ず見えない処で、彼女の甲高い返事の第一声が響く。すぐ、小走りに襖の際まで姿を現し、ひょいひょいと腰をかがめ、正直な赫ら顔を振って黒い一対の眼で対手の顔を下から覗き込み乍ら
「はい、はい」
と間違なく、あとの二つを繰返す。
気の毒な老婆は、降誕祭の朝でも、彼女の返事を...
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2007-10-01T02:55:06+09:00
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蒲原 有明: 「あひびき」に就て
蒲原 有明
広橋はやみ
川山隆
公開: 2007-10-01 著者: 蒲原 有明 入力: 広橋はやみ 校正: 川山隆
わたくしが長谷川二葉亭氏の名を知りはじめたのは「國民之友」に出た「あひびき」からである。明治二十一年の夏のころであつたが、わたくしは未だ中學の初年級であり、文學に對する鑑賞力も頗る幼稚で、その頃世間にもてはやされてゐた「佳人の奇遇」などを高誦してゐたぐらゐであるから、露西亞の小説家ツルゲーネフの短篇の飜譯といふさへ不思議に思はれ、ただ何がなしに讀んで見ると、巧に俗語を使つた言文一致體その珍らしい文章が、これがまたどうであらう、讀みゆくまゝに、わたくしの耳のそばで親しく、絶間なく、綿々として、さゝやいてゐるやうに感じられたが、それは一種名状し難い快感と、そして何處かでそれを反撥しようとする情念とが、同時に雜りあつた心的状態であつた。
さてそれを讀み了つて見ると、抑も何が書いてあつたのだか、當時のうぶな少年の頭には人生の機微がただ漠然と映るのみで、作物の趣旨に就ては一向に要領を得なかつた。そ...
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蒲原 有明: 劇壇の新機運
蒲原 有明
広橋はやみ
川山隆
公開: 2007-10-01 著者: 蒲原 有明 入力: 広橋はやみ 校正: 川山隆
わたくしは劇壇の新しい運動が自由劇場の試演とまで漕ぎつけたことに就ては、勿論贊意を表し且つその成功を祈つてゐた。それと同時にかういふ運動は我邦に於て全く破天荒のことではあるし、第一囘の試演が蓋を開けるまではこの運動の効果に對し多少の疑懼を擁かないでもなかつた。即ち成功とは云はれぬにしても、劇壇の沈滯に對する刺戟ともなり、新藝術のために貢獻するところを期待しつゝ、果してそれがどうであらうかと、傍から觀てゐて危ぶんでゐたからである。それが愈實現されたのを見て兎に角大成功とは言はれぬまでも、その出來ばえの稍成功に近い域に及んでゐたことは、劇壇のために喜びに堪えぬところでもあるし、同時にまた小山内薫氏並に左團次一座のために祝盃を擧げてもよい次第である。わたくしはこの試演を見て、先づ以てこの具合ならば、第二第三の試演を續けて行くうちに、我邦でも眞に新しい創作劇の上場を見ることが可能であらうと感じ...
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蒲原 有明: 小山内謝豹
蒲原 有明
広橋はやみ
川山隆
公開: 2007-10-01 著者: 蒲原 有明 入力: 広橋はやみ 校正: 川山隆
小山内君は一時謝豹といふ雅號を用ゐてゐました。それをおぼえてゐる人は恐らく稀でせう。もう十五六年も前のことになります。そのころ生田葵君のやつてゐた「活文壇」といふ雜誌に、知與子とか謝豹とか署名して、ちよくちよくシエレエの詩の飜譯が出たものです。「わが靈は魔に醉ふ舟か、夢を見る鵠の如」とか、「山、柯(こむら)、ま淵の間を」とか、さういふ詩句を讀むと行きわたつて充實してゐる中に、柔らかな調子がよく出てゐる。わたくしは全くこの未知の作者の技倆にひきつけられてしまひました。そこで生田君に頼んで、紹介されて、初めて謝豹君に會見する機を得たのです。小山内君がまだ麹町三番町に住まつてゐて高等學校に通つてゐた時代ですから、明治三十四年より後であつたとは思はれません。
謝豹の雅號については、第一にその字面がおもしろい。それでわたくしは特に興味をもつてゐるのですが、何でもホトトギスの異名だといふことです。暢氣...
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2007-09-30T02:54:23+09:00
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蒲 松齢: 阿霞
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-09-30 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
文登の景星は少年の時から名があって人に重んぜられていた。陳生と隣りあわせに住んでいたが、そこと自分の書斎とは僅かに袖垣一つを隔てているにすぎなかった。
ある日の夕暮、陳は荒れはてた寂しい所を通っていると、傍の松や柏の茂った中から女の啼く声が聞えて来た。近くへいってみると、横にしだれた樹の枝に帯をかけて、縊死しようとしているらしい者がいた。陳は、
「なぜ、そんなことをするのです。」
といって訊いた。それは若い女であった。女は涕を拭いながら、
「母が遠くへまいりましたものですから、私を従兄の所へ頼んでありましたが、従兄がいけない男で、私の世話をしてくれないものですから、私は独りぼっちです。私は死ぬるがましです。」
といってからまた泣いた。陳は枝にかけてある帯を解いて、
「困るなら結婚したらいいでしょう。」
といって勧めた。女は、
「でも私は、ゆく所がないのですもの。」
といった。陳は、
「では、私の...
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蒲 松齢: 庚娘
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-09-30 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
金大用は中州の旧家の子であった。尤太守の女で幼な名を庚娘というのを夫人に迎えたが、綺麗なうえに賢明であったから、夫婦の間もいたってむつましかった。ところで、流賊の乱が起って金の一家も離散した。金は戦乱の中を両親と庚娘を伴れて南の方へ逃げた。
その途中で金は少年に遇った。それも細君と一緒に逃げていく者であったが、自分から、
「私は広陵の王十八という者です。どうか路案内をさしてください。」
といった。金は喜んで一緒にいった。河の傍へいった時、庚娘はそっと金に囁いた。
「あの男と一緒に舟に乗ってはいけませんよ。あれは時どき私を見るのです。それにあの目は、動いて色が変りますから、心がゆるされませんよ。」
金はそれを承知したが、王が心切に大きな舟をやとって来て、代って荷物を運んでくれたり、苦しいこともかまわずに世話をしてくれるので、同船をこばむこともできなかった。そのうえ若い細君を伴れているので、たい...
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松本 泰: 緑衣の女
松本 泰
川山隆
noriko saito
公開: 2007-09-29 著者: 松本 泰 入力: 川山隆 校正: noriko saito
一
夏の夕暮であった。泉原は砂塵に塗れた重い靴を引きずりながら、長いC橋を渡って住馴れた下宿へ歩を運んでいた。テームス川の堤防に沿って一区劃をなしている忘れられたようなデンビ町に彼の下宿がある。泉原は煤けた薄暗い部屋の光景を思出して眉を顰めたが、そこへ帰るより他にゆくところはなかった。半歳近く病褥に就いたり、起きたりしてうつら/\日を送っているうちに、持合せの金は大方消費って了った。遠く外国にいては金より他に頼みはない。その金がきれかゝったところで、いゝ工合に彼の健康も恢復してきた。彼の目下の急務は職に就く事であった。彼はこの数日努めて元気を奮い起して職を求め歩いた。彼は以前依頼まれて二三度絵を描いたバルトン美術店の主人を訪ねて事情を打明けたが、世間の景気がわるいので何ともして貰う事は出来なかった。その時泉原が不図思い浮べたのは同店の顧客のA老人であった。老人は愛蘭北海岸、ゴルウェーの由緒...
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2007-09-28T02:53:48+09:00
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蒲原 有明: 龍土会の記
蒲原 有明
広橋はやみ
川山隆
公開: 2007-09-28 著者: 蒲原 有明 入力: 広橋はやみ 校正: 川山隆
龍土會といつても誰も知る人のないぐらゐに、いつしか影も形もひそめてしまつてゐる。そのやうに會はたとへ消滅したものであるにしても、會員であつた人々は殘つてゐなくてはならないが、さて自分が會員であつたと名のりを揚げる特志者はまづ無いといつてよいだらう。然しどうやら會合のやうなものが存在して、そこへ最初から出席した二三のものには、今日でもなほ幾許かの追懷の情が殘つてゐるはずである。
その龍土會が實は終末期に臨んでゐて、却て外面だけは賑やかに見えてゐた時代のことである。毎月のやうにふえる新顏が、こつそりと會の正體を覗きにくる。何ともさだかならぬこの會合が文藝革新に關する或野心を包藏して、文壇一般を脅かすかのやうに、側からは見られてゐたのである。自然主義の母胎もまさしく此處であり、更にまた半獸主義、神祕主義、象徴主義などの、新主義新主張がその奇怪な爪を磨くのもこの邊であり、そしてそれが龍土會の機構...
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2007-09-27T02:54:11+09:00
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蒲 松齢: 汪士秀
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-09-27 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
汪士秀は盧州の人であった。豪傑で力が強く、石舂を持ちあげることができた。親子で蹴鞠がうまかったが、父親は四十あまりの時銭塘江を渡っていて、舟が沈んで溺れてしまった。
それから八、九年してのことであった。汪は事情があって湖南へいって、夜、洞庭湖に舟がかりした。その時はちょうど満月の夜で月が東の方にのぼって、澄んで静かな湖の面は練ったようになっていた。汪は美しい月の湖上をうっとりと眺めていると、不意に五人の怪しい者が水の中から出て来て、持っていた大きな敷物を水の上に敷いたが、その広さは半畝ばかりもあるものであった。一行はその上に酒肴をたくさん並べて酒盛の用意をした。肴を入れた器と器の触れる響がしたが、それは温かであつぼったい響で、陶器のような焼物の響ではなかった。
そのうちに三人の者が順じゅんに坐って、後の二人はその給仕についた。坐っている者の一人は黄な衣服を着、一人は白い衣服を着ていたが、...
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蒲 松齢: 連城
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-09-27 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
喬は晋寧の人で、少年の時から才子だといわれていた。年が二十あまりのころ、心の底を見せてあっていた友人があった。それは顧という友人であったが、その顧が没くなった時、妻子の面倒を見てやったので、邑宰がひどく感心して文章を寄せて交際を求めて来た。そして二人が交際しているうちに、その邑宰が没くなったが、家に貯蓄がないので家族達は故郷へ婦ることができなかった。喬は家産を傾けて費用を弁じ、顧の家族と共に顧の柩を送っていって、二千余里の路を往復したので、心ある人はますますそれを重んじたが、しかし、家はそれがために日に日に衰えていった。
その時史孝廉という者があって一人の女を持っていた。女は幼な名を連城といっていた。刺繍が上手で学問もあった。父の孝廉はひどくそれを愛した。連城の刺繍した女の刺繍に倦んでいる図を出して、それを題にして少年達に詩をつくらした。孝廉はその詩によって婿を択ぼうとしていた。喬もそれ...
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2007-09-26T02:53:59+09:00
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長谷川 時雨: 九条武子
長谷川 時雨
門田裕志
noriko saito
公開: 2007-09-26 著者: 長谷川 時雨 入力: 門田裕志 校正: noriko saito
一
人間は悲しい。
率直にいえば、それだけでつきる。九条武子と表題を書いたままで、幾日もなんにも書けない。白いダリヤが一輪、目にうかんできて、いつまでたっても、一字もかけない。
遠くはなれた存在だった、ずっと前に書いたものには、気高き人とか麗人とか、ありきたりの、誰しもがいうような褒めことばを、ならべただけですんでいたが、そんなお座なりをいうのはいやだ。
その時分書いたものに、ある伯爵夫人がその人は鑑賞眼が相当たかかったが、
あのお方に十二単衣をおきせもうし、あの長い、黒いお髪を、おすべらかしにおさせもうして、日本の女性の代表に、外国へいっていただきたい。
ああいうお方が、もう二人ほしいとおもいます。一人は外交官の奥さまに、一人は女優に和歌をおこのみなさるうちでも、ことに与謝野晶子さんのを
歌集『黒髪』に盛られた、晶子さんの奔放な歌風が、ある時代を風靡したころだった。
その晶子さんが、
京都の人...
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2007-09-25T02:54:18+09:00
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佐藤 垢石: 雪代山女魚
佐藤 垢石
鈴木厚司
川山隆
公開: 2007-09-25 著者: 佐藤 垢石 入力: 鈴木厚司 校正: 川山隆
一
奥山の仙水に、山女魚を釣るほんとうの季節がきた。
早春、崖の南側の陽だまりに、蕗の薹が立つ頃になると、渓間の佳饌山女魚は、俄に食趣をそそるのである。その濃淡な味感を想うとき、嗜欲の情そぞろに起こって、我が肉虜おのずから肥ゆるを覚えるのである。けれど、この清冷肌に徹する流水に泳ぐ山女魚の鮮脂を賞喫する道楽は、深渓を探る釣り人にばかり恵まれた奢りであろう。水際の猫楊の花が鵞毛のように水上を飛ぶ風景と、端麗神姫に似た山女魚の姿を眼に描けば、耽味の奢り舌に蘇りきたるを禁じ得ないのである。
青銀色の、鱗の底から光る薄墨ぼかしの紫は、瓔珞の面に浮く艶やかに受ける印象と同じだ。魚体の両側に正しく並んだ十三個ずつの小判型した濃紺の斑点は、渓流の美姫への贈物として、水の精から頂戴した心尽くしの麗装に違いない。しかも藍色の背肌に、朱玉をちりばめしにも似て点在する小さく丸い紅のまだらは、ひとしお山女魚の姿容...
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2007-09-24T02:54:16+09:00
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蒲 松齢: 五通
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-09-24 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
南方に五通というみだらにして不思議な神のあるのは、なお北方に狐のあるようなものである。そして、北方の狐の祟りは、なおいろいろのことをして追いだすことができるが、江蘇浙江地方の五通に至っては、民家に美しい婦があるときっと己の所有として、親兄弟は黙って見ているばかりでどうすることもできなかった。それは害毒の烈しいものであった。
呉中の質屋に邵弧という者があった。その細君は閻といって頗る美しい女であったが、ある夜自分の内室にいると一人の若い強そうな男が外から不意に入って来て、剣に手をかけて四辺を見まわしたので、婢や媼は恐れて逃げてしまった。閻も逃げようとしたが、若い男はその前に立ちふさがっていった。
「こわがることはない。わしは五通神の四郎だ。わしは、あんたが好きだから、あんたに禍をしやしない。」
そういって嬰児を抱きあげるように抱きあげ、寝台の上に置いた。閻は恐れて気を失ってしまった。五通神は...
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2007-09-24T02:54:16+09:00
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蒲 松齢: 珊瑚
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-09-24 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
安大成は重慶の人であった。父は孝廉の科に及第した人であったが早く没くなり、弟の二成はまだ幼かった。大成は陳姓の家から幼な名を珊瑚という女を娶ったが、大成の母の沈というのは、感情のねじれた冷酷な女で、珊瑚を虐待したけれども、珊瑚はすこしも怨まなかった。そして、朝あさ早く起きては身じまいをして、母の所へ挨拶にいった。
大成がその時病気になった。母は珊瑚がみだらであるからだといって、ある朝珊瑚を責め詬った。珊瑚は自分の室へ入って化粧をおとして母の前へいった。それを見て母はますます怒った。珊瑚は額を地に打ちつけてあやまった。大成は親孝行であった。それを見て鞭を執って珊瑚を打った。それで母の気がすこし晴れてその場は収まったが、母はそれからますます珊瑚を憎んで、珊瑚が心から仕えても一言も物をいわなかった。
大成は母が珊瑚に怒っていることを知ったので、我が家に寝ずに他所で泊って、珊瑚と夫婦の交わりを絶...
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2007-09-23T02:54:14+09:00
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長谷川 時雨: 柳原※[#「火へん+華」]子(白蓮)
長谷川 時雨
門田裕志
noriko saito
公開: 2007-09-23 著者: 長谷川 時雨 入力: 門田裕志 校正: noriko saito
一
ものの真相はなかなか小さな虫の生活でさえ究められるものではない。人間と人間との交渉など、どうして満足にそのすべてを見尽せよう。到底及びもつかないことだ。
微妙な心の動きは、わが心の姿さえ、動揺のしやすくて、信実は書きにくいのに、今日の問題の女史をどうして書けよう。ほんの、わたしが知っている彼女の一小部分をそれとて、日常傍らにある人の、片っぽの目が一分間見ていたよりも、知らなすぎるくらいなもので、毎朝彼女の目覚る軒端にとまる小雀のほうが、よっぽど起居を知っているともいえる。ただ、わたしの強味は、おなじ時代に、おなじ空気を呼吸しているということだけだ。
火の国筑紫の女王白蓮と、誇らかな名をよばれ、いまは、府下中野の町の、細い小路のかたわらに、低い垣根と、粗雑な建具とをもった小屋に暮している※(「火+華」、第3水準1-87-62)子さんの室は、日差しは晴やかな家だが、垣の菊は霜にいたんで。古くなったタオ...
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2007-09-22T02:54:31+09:00
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宮城 道雄: 山の声
宮城 道雄
貝波明美
小林繁雄
公開: 2007-09-22 著者: 宮城 道雄 入力: 貝波明美 校正: 小林繁雄
私が失明をするに至った遠因ともいうべきものは、私が生れて二百日程たってから、少し目が悪かったことである。しかし、それから一度よくなって、七歳の頃までは、まだ見えていたのであるが、それから段々わるくなって、九歳ぐらいには殆ど見えなくなってしまった。それで、私が、今でも作曲する時には、その頃に私が見ていた、山とか月とか花とか、また、海とか川とかいうものの姿が、浮かんで来る。
こういうわけで、自然の色も何も見たことがない、本当の生れつきからの盲人にくらべると、私はその点では、恵まれているといわなければならぬ。
それにしても、私は子供の時に失明したので、私の心を慰めてくれるのは、音楽とか、或は春夏秋冬の音によって、四季の移り変りを知る他にはなかった。それで、音楽でも私は自然のものが非常に好きであった。
このような関係で、私は音楽の道に入ったが、作曲をするようになった動機というものは、私の父は十二三...
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2007-09-22T02:54:31+09:00
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宮城 道雄: 心の調べ
宮城 道雄
貝波明美
小林繁雄
公開: 2007-09-22 著者: 宮城 道雄 入力: 貝波明美 校正: 小林繁雄
どんな美しい人にお会いしても、私はその姿を見ることはできませんが、その方の性格はよく知ることができます。美しい心根の方の心の調べは、そのまま声に美しくひびいてくるからです。声のよしあしではありません、雰囲気と申しますか、声の感じですね。
箏の音色も同じことで、弾ずる人の性格ははっきりとそのまま糸の調べに生きてまいります。心のあり方こそ大切と思います。七歳の年までに私を慰めてくれた月や花、鳥などが、私の見た形ある最後のものでした。それが今でも、美しく大切に心にしまってありますが、その二年後に箏を習い始めてから今日まで、私は明けても暮れても自分の心を磨き、わざを高めることにすべてを向けてまいりました。生活そのものが芸でなければならない、という信念で生きてまいりました。私のきた道芸に生きてきたことを幸福と思いますし、また身体が不自由であったために、芸一筋に生きられたと感謝しております。
と申し...
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宮城 道雄: 私の若い頃
宮城 道雄
貝波明美
小林繁雄
公開: 2007-09-22 著者: 宮城 道雄 入力: 貝波明美 校正: 小林繁雄
私は七八歳の頃、まだ眼が少し見えていたが、その頃何よりもつらく感じた事は、春が来て四月になると、親戚の子や、近所の子が小学校へ上ることで、私も行きたいが眼が癒らない。親達は気やすめに、学校用品を一揃い買ってくれたが、私はその鞄をかけて、学校へ行く真似をして一人で遊んでいた。眼を本につけるようにして、字を教えて貰ったこともあった。またおばあさんに時々学校の門へ遊びに連れて行って貰ったが、中でみんなが元気よく体操をしたり、遊戯をしたり、また唱歌を歌いながら、遠足に出かけたりするのを聞いていると、急に悲しくなって学校の門をつかまえて泣いたことが幾度もあった。
九歳の時、一番最後に診て貰った眼のお医者様が、この子の眼はもうどうしても癒らない。今後もよい医者とか薬とかいわれても決して迷ってはならないと、私のおばあさんに言われているのを聞いて、私はもう胸が一ぱいになった。今日こそは眼が治ると思って、...
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2007-09-21T02:54:24+09:00
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蒲 松齢: 阿繊
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-09-21 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
奚山は高密の人であった。旅に出てあきないをするのが家業で、時どき蒙陰県と沂水県の間を旅行した。ある日その途中で雨にさまたげられて、定宿へゆきつかないうちに、夜が更けてしまった。宿をかしてくれそうな物を売る家の門口をかたっぱしから叩いてみたが、返事をするものがなかった。しかたなしに廡下をうろうろしていると、一軒の家の扉を左右に開けて一人の老人が出て来た。
「お困りのようだな。お入り。」
「有難うございます。」
山は喜んで老人についてゆき、曳いている驢を繋いで室の中へ入った。室の中には几も腰掛けもなかった。老人はいった。
「わしは、あんたがお困りのようだから、お泊めはしたが、わしの家は食物を売ったり、飲物を沽ったりする所でないから、手すくなでゆきとどかん。ただ婆さんと、年のいかない女があるが、ちょうど眠ったところじゃ。残りの肴はあるが、煮たきに困るので何もできない。かまわなければ、それをあげよ...
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2007-09-21T02:54:24+09:00
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蒲 松齢: 織成
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-09-21 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
洞庭湖の中には時とすると水神があらわれて、舟を借りて遊ぶことがあった。それは空船でもあると纜がみるみるうちにひとりでに解けて、飄然として遊びにゆくのであった。その時には空中に音楽の音が聞えた。船頭達は舟の片隅にうずくまって、目をつむって聴くだけで、決して仰向いて見るようなことをしなかった。そして、舟をゆくままに任しておくと、いつの間にか遊びが畢って、舟は元の処に帰って船がかりをするのであった。
柳という秀才があって試験に落第しての帰途、舟で洞庭湖まで来たが酒に酔ったのでそのまま舟の上に寝ていた。と、笙の音が聞えて来た。船頭は水神があらわれたと思ったので、柳を揺り起そうとしたが起きなかった。船頭はしかたなしに柳をそのままにして舟の底へかくれた。
と、人が来て柳の頸筋をつかんで曳き立てようとした。柳はひどく酔っているので持ちあがらなかった。そこで手を放すとそのまままたぐったりとなって眠ってし...
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2007-09-20T02:53:54+09:00
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宮本 百合子: 一九二七年春より
宮本 百合子
柴田卓治
土屋隆
公開: 2007-09-20 著者: 宮本 百合子 入力: 柴田卓治 校正: 土屋隆
○雲に映るかげ
○茅野の正月
○ゴーゴリ的会の内面
○アルマ
○花にむせぶ(Okarakyo の夫婦、犬、息子(肺病))
○となり座敷(下スワの男、芸者二人。自分、Y、温泉)
○夢、
雲に映る顔
○夕やけの空を見て居る。
○家に居なくなった母
○雲が母の顔に見える
○子供山の向うに行ってしまう
○茅野
○かんてんをつくる木のわく沢山雪の上にある。
○寒い日当りのよいところがよい
○夜のうちに凍らす
○甲府
○兀突と結晶体のような山骨
○山麓のスロープから盆地に向って沢山ある低い人家
○山嶺から滝なだれに氷河のような雪溪がながれ下って居る。
○枯木雪につつまれた山肌 茶と色との配色 然し女性的な結晶のこまかさというようなものあり
○山と盆地
○下日部辺の一種複雑な面白い地形 然し小さし
○信州に入ると常磐木が多い。山迚も大きい感。常磐木があるので黒と白の配色。荘重 山と峡谷
○信州の女
○眼比較的大 二重瞼で、きっとしたような力あり。野性的の感
○蚕種寒...
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2007-09-19T02:53:53+09:00
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泉 鏡花泉 鏡太郎: 神鑿
泉 鏡花泉 鏡太郎
砂場清隆
門田裕志
公開: 2007-09-19 著者: 泉 鏡花泉 鏡太郎 入力: 砂場清隆 校正: 門田裕志
朱鷺船
一
濡色を含んだ曙の霞の中から、姿も振もしつとりとした婦を肩に、片手を引担ぐやうにして、一人の青年がとぼ/\と顕はれた。
色が真蒼で、目も血走り、伸びた髪が額に被つて、冠物なしに、埃塗れの薄汚れた、処々釦の断れた背広を被て、靴足袋もない素跣足で、歩行くのに蹌踉々々する。
其が婦を扶け曳いた処は、夜一夜辿々しく、山路野道、茨の中を※(「彳+羊」、第3水準1-84-32)※(「彳+淌のつくり」、第3水準1-84-33)つた落人に、夜が白んだやうでもあるし、生命懸の喧嘩から慌しく抜出したのが、勢が尽きて疲果てたものらしくもある。が、道行にしろ、喧嘩にしろ、其の出て来た処が、遁げるにも忍んで出るにも、背後に、村、里、松並木、畷も家も有るのではない。山を崩して、其の峯を余した状に、昔の
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2007-09-18T02:54:06+09:00
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蒲 松齢: 嬰寧
蒲 松齢
門田裕志
松永正敏
田中 貢太郎
公開: 2007-09-18 著者: 蒲 松齢 入力: 門田裕志 校正: 松永正敏 翻訳: 田中 貢太郎
王子服は※(「くさかんむり/呂」、第3水準1-90-87)の羅店の人であった。早くから父親を失っていたが、はなはだ聡明で十四で学校に入った。母親がひどく可愛がって、ふだんには郊外へ遊びにゆくようなこともさせなかった。蕭という姓の家から女をもらって結婚させることにしてあったが、まだ嫁入って来ないうちに没くなったので、代りに細君となるべき女を探していたが、まだ纏まっていなかった。
そのうちに上元の節となった。母方の従兄弟に呉という者があって、それが迎いに来たので一緒に遊びに出て、村はずれまでいった時、呉の家の僕が呉を呼びに来て伴れていった。王は野に出て遊んでいる女の多いのを見て、興にまかせて独りで遊び歩いた。
一人の女が婢を伴れて、枝に着いた梅の花をいじりながら歩いていた。それは珍らしい佳い容色で、その笑うさまは手に掬ってとりたいほどであった。王はじっと見詰めて、相手から厭がられるということも忘れていた...
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